ささがねの ゆらら琴のね

~ いにしへの和歌招く響き ~

櫛の日・櫛の祭り

今日は9月4日・櫛の日。
櫛にまつわるお祭りが行われたり、話題になることの、ことに多い日です。
なので、私も片鱗をチラッとだけ。

 

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私は櫛全般について、かつて研究していました。

民俗・風俗史・技術・美術史・考古学・結髪史、風習や文学上のことなど。

最近は研究の現場から離れているので、以前ほど活発に調べられませんが、意外に調べようとしても資料らしい資料が見つかりづらい分野のため、私にとって偶然見つけられた資料は財産と思っています。

 

さて以前、一番櫛のことを調べていられた時期に、調べ得る範囲で、櫛の祭祀や、櫛供養、櫛にまつわる行事を調べ、行ける範囲には足を運んだものでした。
今はもっと増えているかもしれませんが、

 

有名なのは、京都の安井金比羅宮の櫛まつり。
花街が近く結髪業の多い東山にて、有職故実の大家が発足した祭典であり、縁切り縁結びの神社の由緒と、櫛の縁切りの言い伝えがあることとが相まって、
使い古して破損した櫛などを供養すると共に、女性の時代風俗を再現し、結髪の歴史と技術を披露する“女性の時代祭”として、華やかに賑わいます。
美容業のかたがたの仕事の兼ね合いにより、9月の第4月曜日に開催。

 

その他、女神信仰や、女性のためのご利益として櫛を祀る神社も各地にありますが、
実は昔からそうだった…と語りながらも、神社的には、女性ケガレの歴史が長いゆえ、地域にもよりますが、女性のためのお祭りができたのは高度経済成長期以降のごく最近、というのが現状なのが大半で、
それゆえ、一見起源が古そうに見えて、人形供養と同様に、伝統というより伝統産業活性の意義により発足した、比較的新しい行事であることが多いです。


神話を含めた歴史記録上で、最初に見られる櫛は、伊弉諾命が黄泉国で櫛の歯に火を灯した話、そして逃れる際、湯津爪櫛を投げて筍となったという話で、
これゆえに、櫛火は秘事を明らかにする、投げ櫛は縁切りの証と、後世まで語られる由来となります。
伊弉諾命の櫛は、男性の角髪をとめるピンとしての縦長の挿し櫛で、古代墓に出土例があり、筍となったとされることから竹製櫛という解釈があります。
古代遺跡から出土する櫛は、動物や海の生物の骨を組んだり、木や竹を編むなど、素材も多様で、縦長、籃胎漆などの補強装飾ゆえに現存するものも多いものです。

 

髪を結う時代は、実用として、櫛は必ずしも女性特有のものではなかったのですが、
近世日本髪の時代、飾りかんざし的な挿し櫛が発達した頃から、宝飾品のように、女性の憧れや愛着のものとなって、いわゆる念が入りやすく印象づけられた感があります。

 

また記紀によれば、須佐之男命が女装した際、櫛稲田姫命を櫛になして髪に挿した話がありますが、
その解釈のひとつとして、八岐の大蛇を退治し得たのは、須佐之男ひとりの力ではなく、妻となる姫の内助の霊力ゆえ…との認識がいつしか加わり、
現在、須佐之男命と櫛稲田姫命を祭る神社では、縁結びや夫婦円満、良妻賢母の内助を祈念顕彰するとして、櫛にまつわる行事や、櫛を模したお守りや縁起物を頒布する神社が見られます。
調べに出向けたところでは、島根の熊野大社、富山射水櫛田神社、神奈川の六所神社など。熊野大社の祭事は4月、櫛田神社は新年に櫛の頒布がされていました。六所神社は9/4に近い週末に櫛供養祭が行われます。
(ただし射水櫛田神社は、主祭神素戔嗚命櫛稲田姫命で櫛が御神体ですが、御神体の櫛は、地域を荒らす沼の大蛇が女の櫛により退けられた、その櫛であるという伝承が由来になっています。櫛を考察する上で大変興味深い伝説です)

 

他には、日本武尊命に、同行した弟橘比売命が、嵐の海に身を投げ、流れついた姫の櫛の話があるのですけれど、
稲田姫のように、夫婦和合や内助、女性の霊力の象徴として祀られる縁起がもっとあってもいいように思うものの、今のところ、東京目黒の大鳥神社の櫛塚くらいしか知り得ていません。

改めて調べたら、もっと見つかるかと、こうして書きながら期待しています。

 

折々、櫛の話もこれから書いていこうかな。

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櫛にまつわる研究は、私のライフワークです。

文献資料はもとより、実は最も求めているのは、人が伝える話の方。今は髪の文化も違い、櫛に求められる必要要素も消えていきつつあります。かつての櫛文化が実用とかけ離れれば、伝えられてきたものも自然消滅します。

そして人形をねぎらう行事だった人形供養が、人形が祟るものとしての怪談に変遷していくのと同様に、櫛にも因縁やケガレのような異なった観念が付随しつつあります。

櫛にまつわる伝承や風習など、ちょっとした小さなことでもご存知でしたら、
(家の新築守り、船のお守り、トイレの神様、井戸やトイレを埋める鎮め…恋愛のお守り、縁切りのまじない、挿し方使い方、櫛の処分の仕方、占い、呪い、おまじない、等々々…)
ご自分のお家で聞いたことのある内々の話でも、充分に貴重ですから、今後またさまざま伺う機会が持てたらと願っています。